群馬県

中高瀬観音山遺跡

なかたかせかんのんやまいせき

所在地群馬県富岡市中高瀬外部リンクGooglemap

主な時代弥生時代

富岡市(とみおかし)の街(まち)を見おろす二つの尾根(おね)にまたがってつくられた、弥生時代(やよいじだい)の後半のムラです。弥生時代(やよいじだい)中ごろから住居(たて穴建物)(じゅうきょ)がありますが、弥生時代(やよいじだい)の終わりごろにムラが急に大きくなります。急なしゃ面のせまい尾根(おね)なのに、大小140軒(けん)以上の住居(たて穴建物)(じゅうきょ)のほか、(やぐら)とも考えられるほったて柱建物や、ムラをかこむように作られた柵列(さくれつ)や(ほり)もみつかりました。焼けた住居(たて穴建物)が多いことなどから、このムラで戦いがあったのではないかと考える人もいます。どちらにしても、田んぼをもとにした、この地域(ちいき)の中心的なムラだったでしょう。

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  • 遠景

    遠景

  • 焼失した竪穴

    焼失した竪穴

  • 現在の遺跡

    現在の遺跡

現在の様子現地は、上信越自動車道(じょうしんえつじどうしゃどう)の建設(けんせつ)のために調査(ちょうさ)されましたが、住民から強い要望(ようぼう)があり、道路をトンネルにして遺跡(いせき)の下を通すことにより、遺跡(いせき)は保存(ほぞん)されました。現在は、富岡市(とみおかし)により、史跡公園(しせきこうえん)として整備することが計画されています
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