群馬県

太田天神山古墳

おおたてんじんやまこふん

所在地群馬県太田市内ケ島町外部リンクGooglemap

主な時代古墳時代

墳丘(ふんきゅう)の長さが210mもある、東日本で一番大きい前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)です。二重(にじゅう)の(ほり)にかこまれ、外濠(そとぼり)をふくめた全長353m、幅(はば)288mにもなります。墳丘(ふんきゅう)は、河原石(かわらいし)のふき石でおおわれています。埋葬施設(まいそうしせつ)はこわれていて、石棺(せっかん)の破片(はへん)だけが残っていました。円筒埴輪(えんとうはにわ)、器財埴輪(きざいはにわ)のほか、水鳥の埴輪(みずどりはにわ)の頭部もみつかっています。5世紀中ごろにきずかれたもので、墳丘(ふんきゅう)の形や石棺(せっかん)など、畿内(きない)の大型古墳(こふん)と共通する点が多いところから、ヤマト政権と強いつながりを持って、毛野地域(けのちいき)を支配した大首長(だいしゅちょう)の墓(はか)と考えられています。東へ約200mのところにある女体山古墳(にょたいさんこふん)は、天神山古墳(てんじんやまこふん)と同じころに作られた、直径84mの円形の墳丘(ふんきゅう)に、長さ16m、幅(はば)18mの造出し(つくりだ)しが付いた帆立貝形古墳(ほたてがいがたこふん)です。この2つの古墳(こふん)は、古墳(こふん)の向きや形が似ているので、葬(ほうむ)られた人たちが親しい関係にあったことがわかります。

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  • 太田天神山古墳と女体山古墳(右上)

    太田天神山古墳と女体山古墳(右上)

  •    出土した水鳥埴輪

       出土した水鳥埴輪

  • 出土した長持ち型石棺の破片

    出土した長持ち型石棺の破片

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