全国こども考古学教室

茨城県いばらきけん
  • 遺跡数11859か所
  • 面 積6097㎢
みほーす
茨城県のマップひたちなか市埋蔵文化財調査センター美浦村文化財センター取手市埋蔵文化財センター上高津貝塚ふるさと歴史の広場常陸風土記の丘茨城県立歴史館小組遺跡後野遺跡大串貝塚坪井上遺跡水戸市埋蔵文化財センター陸平貝塚中妻貝塚前田村遺跡泉坂下遺跡常陸大宮市歴史民俗資料館一本松遺跡烏山遺跡三昧塚古墳舟塚山古墳風返稲荷山古墳かすみがうら市歴史資料館虎塚古墳

茨城県(いばらきけん)は、全国の都道府県(とどうふけん)のなかで、魅力度(みりょくど)ランキングが最下位で毎回注目を集めていますが、11000以上の魅力(みりょく)ある遺跡(いせき)がみつかっている県として知られています。いちばん注目すべき遺跡(いせき)は、ひたちなか市にある虎塚古墳(とらづかこふん 全長56.5m)で、埋葬(まいそう)されていた人を納(おさ)めた石室(せきしつ)の中には、赤い顔料(がんりょう)を使って三角形や武器(ぶき)などを描(えが)いた壁画(へきが)があります。このような壁画(へきが)は大変珍しく、九州地方でよくみつかっているものと似ていることから、海を通じた水上交通で交流(こうりゅう)があったと考えられます。古墳(こふん)はとくに太平洋(たいへいよう)の海岸(かいがん)ぞいと霞ヶ浦(かすみがうら)の沿岸(えんがん)ぞいでたくさんみつかっていますが、この地域では縄文時代(じょうもんじだい)の貝塚(かいづか)もたくさんあって、古くから豊かな海産物(かいさんぶつ)に恵まれた地域であったと考えられます。とくに霞ヶ浦(かすみがうら)の沿岸地域(えんがんちいき)の縄文時代(じょうもんじだい)の後半から終わりごろにかけて作られた貝塚(かいづか)では、塩(しお)づくりを行うための土器(どき)が出土(しゅつど)することが多く、隣(となり)の栃木県(とちぎけん)のような内陸(ないりく)の縄文時代(じょうもんじだい)のムラと、山でとれた物と塩(しお)を交換(こうかん)していたと考えられています。

うちのお宝 ベスト5

  • 金銅製馬形付透彫冠(こんどうせいうまがたかざりつきすかしぼりかんむり)

    金銅製馬形付透彫冠(こんどうせいうまがたかざりつきすかしぼりかんむり)三昧塚古墳(さんまいづかこふん) 国指定重要文化財

    三昧塚古墳(さんまいづかこふん)の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)に埋(う)められた箱式石棺(はこしきせっかん)から、銅鏡(どうきょう)や玉(たま)、武器(ぶき)や耳かざり、櫛(くし)と一緒に、金銅製(こんどうせい)の冠(かんむり)が出土(しゅつど)しました。冠(かんむり)は、埋葬(まいそう)された人の頭のところから出土(しゅつど)したことから、頭に被(かぶ)らせていたと考えられています。冠(かんむり)の正面にはチョウチョの形をした飾(かざ)り金具(かなぐ)が二段に配置(はいち)され、上段には花と馬の形をした飾(かざ)りを交互(こうご)に付けています。また、冠(かんむり)の部分には、花の形などの模様(もよう)を透(すか)し彫(ぼ)りで表現しています。冠(かんむり)には、ゆらゆら揺(ゆ)れ動く円形の飾(かざ)りの金具(かなぐ)が全体的に付いていて、当時は黄金色に光り輝(かがや)いていたと考えられる、すばらしいお宝です。

  • 巴形銅器(ともえがたどうき)

    巴形銅器(ともえがたどうき)一本松遺跡(いっぽんまついせき) 県指定文化財

    弥生時代後期(やよいじだいこうき)のたて穴建物跡(あと)から出土(しゅつど)した青銅製(せいどうせい)の飾(かざ)りです。作られた材料(ざいりょう)をしらべたら、中国でとれた鉛(なまり)が使われていたようです。一本松遺跡(いっぽんまついせき)のムラの有力者が、水上交通によって遠い土地と物のやりとりをおこなうなかで、手にいれた威信財(いしんざい、富や力をもっていることを示すモノ)であったと考えられます。

  • 人面付土器(じんめんつきどき)

    人面付土器(じんめんつきどき)泉坂下遺跡(いずみさかしたいせき) 国指定重要文化財

    泉坂下遺跡(いずみさかしたいせき)でたくさんみつかった弥生時代中期(やよいじだいちゅうき)の再葬墓(さいそうぼ)のうち、第1号再葬墓(さいそうぼ)は、人面付土器(じんめんつきどき)が使われていました。この土器(どき)は、高さは77.7cmと大きく、(つぼ)の注(そそ)ぎ口には、目・鼻・口が描(えが)かれた顔が付いていました。この遺跡(いせき)を代表する出土品(しゅつどひん)であることから、「いずみちゃん」という愛称(あいしょう)でよばれています。

  • ヒスイ製大珠(たいしゅ)

    ヒスイ製大珠(たいしゅ)坪井上遺跡(つぼいうえいせき) 県指定文化財

    坪井上遺跡(つぼいうえいせき)からは、1993年と1996年に大宮ショッピングセンターを建(た)てる時におこなわれた発掘調査(はっくつちょうさ)で3点、調査をする前に5点のヒスイで作られた大珠(たいしゅ)がみつかっています。大珠(たいしゅ)は、穴が開いているので、ペンダントのように吊(つ)り下げられたアクセサリーと考えられます。ヒスイは、新潟県(にいがたけん)を流れる姫川(ひめかわ)と青海川でしか採(と)れない貴重(きちょう)な石です。坪井上遺跡(つぼいうえいせき)からは、新潟県(にいがたけん)でつかわれる火焔型土器(かえんがたどき)も出土(しゅつど)していることから、ヒスイの産地(さんち)との交易(こうえき)・交流(こうりゅう)があったことがわかる貴重(きちょう)な資料です。

  • 水晶(すいしょう)でつくられた石槍(いしやり)

    水晶(すいしょう)でつくられた石槍(いしやり)小組遺跡(こぐみいせき) 笠間市指定文化財

    小組遺跡(こぐみいせき)からは、水晶(すいしょう)という透明(とうめい)でキラキラした石でつくられた石槍(いしやり)がみつかりました。石槍(いしやり)の左の上の方には、雨樋(あまどい)のようにえぐれた鋭(するど)い面があり、狩(か)りの時に獲物(えもの)をさす槍先(やりさき)に使われたと考えられています。県内でも水晶(すいしょう)が使われた石器(せっき)がまとまってみつかった遺跡(いせき)はほかになく、とても貴重(きちょう)な資料です。

error: コンテンツは保護されています