全国こども考古学教室

佐賀県さがけん
  • 遺跡数5299か所
  • 面 積2441㎢
ひみか
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佐賀県(さがけん)は九州の北西にあり、東の福岡県(ふくおかけん)と西の長崎県(ながさきけん)の間にあります。面積は九州でいちばん小さいですが、たくさんの遺跡(いせき)がみつかっています。
南の佐賀平野(さがへいや)はおだやかな有明海(ありあけかい)のそばにあります。今から約7000年前には、温暖化(おんだんか)で海水が陸地へ流れ込み、現在の佐賀平野(さがへいや)のほぼ半分が海でした。北の唐津平野(からつへいや)は玄界灘(げんかいなだ)のそばにあります。朝鮮半島(ちょうせんはんとう)や中国大陸(ちゅうごくたいりく)と近いため、大昔からさまざまな交流(こうりゅう)がおこなわれてきました。
旧石器時代(きゅうせっきじだい)の遺跡(いせき)は、県北の唐津市(からつし)や県西の多久市(たくし)など山のほうで多くみつかっています。佐賀県(さがけん)内では石器(せっき)をつくる黒曜石(こくようせき)とサヌカイトという特別な石が取れる山があるため、県外からもこの2つの石を取りに人々がやってきていたようです。
縄文時代(じょうもんじだい)の遺跡は、山の近くで多くみつかっています。佐賀平野(さがへいや)の中央の東名遺跡(ひがしみょういせき)はとても大きな貝塚(かいづか)で、網(あみ)かごやドングリを保管(ほかん)していた跡(あと)がみつかっています。
弥生時代(やよいじだい)には米づくりがはじまることから、遺跡(いせき)は川に近い平野で多くみつかっています。菜畑遺跡(なばたけいせき)では、いちばん古い田んぼの跡(あと)がみつかっています。吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)では、小さなムラが少しずつ大きくなり、まわりに深い(ほり)をめぐらせた、とても大きなクニへと成長していきます。
古墳時代(こふんじだい)になると、県内の各地に大きな古墳(こふん)が作られます。いちばん大きい古墳(こふん)は佐賀平野の船塚古墳(ふなづかこふん)で、長さは114mもあります。このほか、装飾(そうしょく)持つ古墳(こふん)や、銅鏡(どうきょう)、武器(ぶき)、アクセサリーなどの副葬品(ふくそうひん)も多くみつかっています。

うちのお宝 ベスト5

  • 石槍(いしやり)

    石槍(いしやり)三年山遺跡(さんねんやまいせき)

    多久市(たくし)の三年山遺跡(さんねんやまいせき)で出土(しゅつど)した石の槍先(やりさき)です。いまから約13000年前の旧石器時代(きゅうせっきじだい)の終わりごろにつくられました。野生の動物をつかまえるため、狩人(かりうど)たちが使っていた道具です。同じ形の槍先(やりさき)がたくさん出土(しゅつど)しており、すべてサヌカイトというかたい石でつくられています。この石は遺跡(いせき)近くの鬼の花山(おにのはなやま)でとることができます。

  • 編み籠(あみかご)

    編み籠(あみかご)東名遺跡(ひがしみょういせき)

    佐賀市(さがし)の東名遺跡(ひがしみょういせき)で出土(しゅつど)した、いまから約8000年前の籠(かご)です。細く切った植物(しょくぶつ)を編(あ)んで作られており、編(あ)みかたのちがいによりさまざまな模様(もよう)がみられます。
    籠(かご)は穴のなかから700点以上も出土(しゅつど)しており、ドングリがたくさん入った籠(かご)もあります。縄文人(じょうもんじん)たちが食料(しょくりょう)を保存(ほぞん)するために必要(ひつよう)な道具であったことがわかります。

  • 有柄銅剣(ゆうへいどうけん)

    有柄銅剣(ゆうへいどうけん)吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき) 国指定重要文化財

    吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)で出土(しゅつど)した、いまから約2100年前の銅剣(どうけん)です。ほかの銅剣とくらべて、剣の先から持ち手まで、すべて青銅(せいどう)でつくられているのが特徴(とくちょう)です。この剣は、墳丘墓(ふんきゅうぼ)という大きなお墓のなかからみつかりました。剣の持ち主は、吉野ヶ里のクニをおさめるリーダーではないかと考えられます。

  • 踏み鋤(ふみすき)

    踏み鋤(ふみすき)土生遺跡(はぶいせき)

    小城市(おぎし)の土生遺跡(はぶいせき)で出土(しゅつど)した木の道具で、田んぼや畑をたがやすために使われた道具です。韓国(かんこく)の遺跡(いせき)で出土(しゅつど)した青銅器(せいどうき)に、この踏み鋤(すき)を使う様子が描(えが)かれています。弥生時代(やよいじだい)に韓国(かんこく)から日本に伝わった道具であると考えられます。

  • 舟形石棺(ふながたせっかん)

    舟形石棺(ふながたせっかん)熊本山古墳(くまもとやまこふん) 国指定重要文化財

    佐賀市(さがし)の熊本山古墳(くまもとやまこふん)から出土(しゅつど)した、舟の形をした大きな石棺(せっかん)です。石棺(せっかん)の長さは4.3mもあり、中は三つにくりぬかれています。内面はきれいな赤色に塗(ぬ)られており、人骨(じんこつ)2体と鉄(てつ)の武器(ぶき)や青銅(せいどう)の鏡(かがみ)、ガラス玉などが出土(しゅつど)しました。埋葬(まいそう)されていたのは、この地域(ちいき)をおさめる身分(みぶん)の高い人物と考えられます。

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