全国こども考古学教室

高知県こうちけん
  • 遺跡数2560か所
  • 面 積7104㎢
文蔵(ぶんぞう)くん
高知県のマップ香南市文化財センター奥谷南遺跡不動ヶ岩屋洞窟遺跡刈谷我野遺跡大宮・宮崎遺跡松ノ木遺跡宿毛貝塚居徳遺跡群田村遺跡群龍河洞洞穴遺跡清水寺岡遺跡具同中山遺跡群下分遠崎遺跡朝倉古墳古津賀古墳高知県立埋蔵文化センター高知県立歴史民俗資料館宿毛市立宿毛歴史観龍河洞安芸市立歴史民俗資料館四万十市立郷土資料館

高知県(こうちけん)は東西に長く、海岸線は700㎞もあります。南には太平洋(たいへいよう)が広がり、北には四国(しこく)山地がそびえ、四万十川(しまんとがわ)、仁淀川(によどがわ)、物部川(ものべがわ)などが流れています。山あり、川あり、海ありと、それぞれの時代でくらしやすい場所を選んで住んでいました。旧石器時代(きゅうせっきじだい)や縄文時代(じょうもんじだい)の遺跡(いせき)は、四万十川(しまんとがわ)ぞいの山の中にたくさんみつかっています。米づくりが始まる弥生時代(やよいじだい)になると、平野(へいや)でたくさんの遺跡(いせき)がみつかるようになります。弥生時代(やよいじだい)が始まるころに、高知県(こうちけん)には、対照的(たいしょうてき)な2つの遺跡(いせき)があります。その一つは居徳遺跡群(いとくいせきぐん)で、伝統的(でんとうてき)な縄文時代(じょうもんじだい)の生活に、弥生時代(やよいじだい)の新しい生活が取り入れたようすがよくわかります。もう一つ、田村遺跡群(たむらいせきぐん)は、弥生時代(やよいじだい)の生活を新たな場所でスタートさせた人々が残した遺跡(いせき)です。新しい文化に対して慎重(しんちょう)な集団と、新しいもの好きな集団がいたのでしょうか。
さて、高知県(こうちけん)でみつかっている古墳(こふん)は約220基(き)と少なく、確実(かくじつ)な前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)はみつかっていないことが大きな特徴(とくちょう)で、古墳(こふん)をつくることに積極的(せっきょくてき)ではありませんでした。ただ、居徳遺跡群(いとくいせきぐん)・具同中山遺跡群(ぐどうなかやまいせきぐん)・古津賀遺跡群(こつかいせきぐん)などでは、大規模(だいきぼ)な祭りの跡(あと)がみつかっており、高知県(こうちけん)の古墳時代(こふんじだい)の人々が何を大切にしていたかが、あらわれていると思います。

うちのお宝 ベスト5

  • 尖頭器(せんとうき)

    尖頭器(せんとうき)十川駄馬崎遺跡(とうかわだばさきいせき)

    全長19.2㎝、最大幅(はば)3.3㎝、最大厚(あつ)さ1cmの大型(おおがた)のものです。木の先に付け槍(やり)として使用されていたと考えられます。縄文時代(じょうもんじだい)の初めごろのもので、形も整(ととの)っていて、とても美しくしあげられています。遺跡(いせき)のまわりで採(と)れる頁岩(けつがん)で作られています。

  • 土偶(どぐう)

    土偶(どぐう)居徳遺跡群(いとくいせきぐん) 県指定有形文化財

    頭から胸(むね)にかけての破片(はへん)です。目、鼻、耳などが表現されています。また、裏側には円形のもりあがった部分がみられ、結(ゆ)った髪(かみ)を表わしていると考えられます。全身(ぜんしん)まで復元(ふくげん)すると、高さは40〜50㎝となり、全国的にも最大級(さいだいきゅう)の大きさです。高知県立埋蔵文化財(こうちけんりつまいぞうぶんかざい)センターのマスコット、文蔵(ぶんぞう)くんとまいちゃんのモデルになっています。

  • 木胎漆器(もくたいしっき)

    木胎漆器(もくたいしっき)居徳遺跡群(いとくいせきぐん) 県指定有形文化財

    クスノキで作られた縄文時代(じょうもんじだい)の終わりごろのものです。上から見た形は、丸みをもった四角形で、隅(すみ)には突起(とっき)があります。水銀朱(すいぎんしゅ)をまぜた赤色の(うるし)で花びらのようなもようを描(えが)いています。東北(とうほく)地方や北陸(ほくりく)地方の影響(えいきょう)を受けて作られたと考えられます。特別なものを入れていた容器(ようき)の蓋(ふた)だったかもしれません。

  • 絵画銅剣(かいがどうけん)

    絵画銅剣(かいがどうけん)兎田八幡宮所蔵(うさいだはちまんぐうしょぞう) 国指定重要文化財

    弥生時代(やよいじだい)の銅剣(どうけん)の表と裏(うら)に、シカ・サギ・カエル・カマキリの4種類の生きものが7匹(ひき)が描(えが)かれています。銅剣(どうけん)を作るときの鋳型(いがた)に、直接(ちょくせつ)ほりこまれています。図柄(ずがら)は、銅鐸(どうたく)のものと共通し、豊作(ほうさく)を祈(いの)るマツリに用いられたものと考えられます。このように銅剣(どうけん)に絵画(かいが)が描(えが)かれたものは、全国的にもとても珍(めずら)しいものです。

  • まが玉

    まが玉具同中山遺跡群(ぐどうなかやまいせきぐん)

    深緑(ふかみどり)色の碧玉(へきぎょく)とよばれる堅(かた)い石で作られたまが玉です。光を当てると、かがやきます。全長5.5㎝、重さ40.2gあり、高知県内でみつかっているものでは最大(さいだい)のものです。まが玉は不思議(ふしぎ)なパワーがあると信じられており、権力(けんりょく)の強さを表すもので、幡多地域(はたちいき)を支配(しはい)していた有力者(ゆうりょくしゃ)の持ち物であったと考えられます。このまが玉は、水辺(みずべ)でのマツリの跡(あと)からみつかっており、カミに捧(ささ)げられたものです。

error: コンテンツは保護されています