全国こども考古学教室

青森県あおもりけん
  • 遺跡数4785か所
  • 面 積9646㎢
さんまる
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青森県(あおもりけん)は、北と東と西の三方(さんぽう)を海に囲(かこ)まれ、世界自然遺産(せかいしぜんいさん)のブナ林で有名な白神山地(しらかみさんち)など自然が豊かなところで、昔から人々が暮(く)らしていました。旧石器時代(きゅうせっきじだい)の遺跡(いせき)は、十和田火山(とわだかざん)の爆発(ばくはつ)の時の火山灰(かざんばい)が厚(あつ)く積(つ)もっているためか、みつかる機会(きかい)が少ないようです。
縄文時代(じょうもんじだい)の遺跡(いせき)は数が多く、3700ヶ所を越(こ)える遺跡(いせき)がみつかっています。海岸ぞいや大きな川の河口(かこう)近くに、とくに多くみられます。縄文時代(じょうもんじだい)の後半には、大きな環状列石(かんじょうれっせき)も、いくつかの遺跡(いせき)で確認(かくにん)されています。また、(うるし)をぬった品をつくっていた遺跡(いせき)もあります。
弥生時代(やよいじだい)になると遺跡(いせき)は少なくなりますが、田んぼの跡(あと)がみつかっているので、米づくりが行われていたことはたしかです。また銅鐸(どうたく)や銅鏡(どうきょう)がなく、(ほり)に囲(かこ)まれたムラがないなど、西日本との違(ちが)いもみられます。
古墳時代(こふんじだい)の遺跡(いせき)はさらに少なく、前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)などの大型古墳(こふん)はつくられませんでした。しかし、北海道(ほっかいどう)の土器が(どき)みつかる遺跡(いせき)があることから、北海道(ほっかいどう)からやって来た人々がいたものと考えられています。

うちのお宝 ベスト5

  • 土器(どき)

    土器(どき)大平山元遺跡(おおだいやまもといせき) 国指定重要文化財

    大平山元遺跡(おおだいやまもといせき)から出土(しゅつど)した約15000年前の縄文土器(じょうもんどき)。今のところ、日本で一番古い土器(どき)で、世界的にも最古級(さいこきゅう)と考えられています。土器(どき)は、小さなカケラですが、よく見るとススやおこげが付き、熱を受けて表面が赤っぽい色に変わっているところがありますので、煮炊(にた)きに使われたことがわかります。高さが20㎝にもならない小型の土器(どき)で、底(そこ)は平らであったと考えられます。模様(もよう)がまったくないことも特徴(とくちょう)です。縄文時代(じょうもんじだい)の始(はじ)まりを告げる大切な土器(どき)です。

  • イノシシ型土製品(どせいひん)

    イノシシ型土製品(どせいひん)十腰内2遺跡(とこしない2いせき) 国指定重要文化財

    縄文時代後期(じょうもんじだいこうき)に、ほんもののイノシシそっくりに作られた土製品(どせいひん)です。イノシシは、一度に多くの子どもを生むので、安産(あんざん)や自然のめぐみを願う気持ちから作られたのかもしれません。このようなリアルで完全なものは、他に例がありません。体の表面には模様(もよう)が描(えが)かれますが、これは同じ時代の土器(どき)の模様(もよう)と同じで、縄(なわ)が使われています。

  • 土偶(どぐう)のついた土器(どき)

    土偶(どぐう)のついた土器(どき)三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき) 国指定重要文化財

    三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)から出土(しゅつど)した縄文時代中期(じょうもんじだいちゅうき)の土器(どき)。土器(どき)の表面に、小さな小さな小型の土偶(どぐう)がはり付けられています。このようなものは、ほとんど例がありません。土偶(どぐう)の表面には、棒(ぼう)でついた模様(もよう)が付けられています。一方、土器(どき)には、ヒモのような細長い粘土(ねんど)を貼(は)り付けており、土偶(どぐう)よりも一段階新しい模様(もよう)と考えられます。なぜ、このような土器(どき)が作られたのかは、なぞです。みなさんも、考えてみてください。

  • 人体線刻石冠(じんたいせんこくせっかん)

    人体線刻石冠(じんたいせんこくせっかん)近野遺跡(ちかのいせき) 県重宝

    縄文時代後期(じょうもんじだいこうき)の石冠(せっかん)と呼(よ)ばれる石器(せっき)で、片面(かためん)に人体が描(えが)かれているのが特徴(とくちょう)です。人体は三人で、手足と五本の指が表現されています。縄文人(じょうもんじん)は、絵を描(えが)かないことで知られているので、このようなものは大変珍(めず)らしいと考えられます。

  • 土偶(どぐう)

    土偶(どぐう)有戸鳥井平4遺跡(ありととりいたい4いせき) 国指定重要文化財

    縄文時代後期(じょうもんじだいこうき)の土偶(どぐう)です。胴体(どうたい)を逆三角形(ぎゃくさんかくけい)に表現する、この地域独特(ちいきどくとく)の形です。短いながら、前後にはり出した足先をつけた大形の土偶(どぐう)です。腕(うで)の表現はなくて、顔にはイレズミのような線が描(えが)かれています。とてもきれいに残っていて、出土(しゅつど)した状態もわかっているので、価値(かち)が高いといえます。

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