全国こども考古学教室

島根県

荒神谷遺跡

こうじんだにいせき

所在地島根県出雲市斐川町神庭878外部リンクGooglemap

主な時代弥生時代

宍道湖(しんじこ)の東にひろがる平野は、弥生時代(やよいじだい)には宍道湖(しんじこ)の一部でした。その平野から細長く入る谷のいちばん奥(おく)から、さらに入った小さな谷のしゃ面にある遺跡(いせき)です。眺(なが)めの悪い場所ですが、古代(こだい)に神の山とあがめられた仏経山(ぶっきょうざん)が見えています。丘のしゃ面を削(けず)って平らな部分を2か所に作り、そこに大量の青銅器(せいどうき)を埋(う)めていました。一か所の平らな部分には、358本の銅剣(どうけん)を横向きに、刃を上にして立て、きれいに並べて埋(う)めていました。その7m奥(おく)の平らな部分には銅鐸(どうたく)6個と銅矛(どうほこ)16本が、銅剣(どうけん)と同じように横向きに立てて、並べて埋(う)められていました。
近畿(きんき)地方のシンボルである銅鐸(どうたく)と、九州地方のシンボルの銅矛(どうほこ)、そして出雲(いずも)で作られたらしい銅剣(どうけん)が一緒に出てくることも驚きですが、その圧倒的(あっとうてき)な量は、他とは比べものにならないほどです。

青文字の用語の解説は、用語集ページ

  • 発掘調査で358本の銅剣が並べて出てきている様子

    発掘調査で358本の銅剣が並べて出てきている様子

  • 発掘調査で、銅鐸と銅矛が並んで出てきている様子

    発掘調査で、銅鐸と銅矛が並んで出てきている様子

  • 荒神谷遺跡から出てきた銅剣、銅鐸、銅矛

    荒神谷遺跡から出てきた銅剣、銅鐸、銅矛

現在の様子国道9号線及び宍道湖南広域農道に入口看板があります。
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