全国こども考古学教室

島根県

加茂岩倉遺跡

かもいわくらいせき

所在地島根県雲南市加茂町岩倉837-24外部リンクGooglemap

主な時代弥生時代

宍道湖(しんじこ)から中国山地にやや入ったところの、狭くて長い谷の一番奥(おく)のしゃ面に、銅鐸(どうたく)をたくさん埋(う)めた遺跡(いせき)です。荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)と同じように、しゃ面を削(けず)って平らな部分を作り、大きめの銅鐸(どうたく)の中に小さな銅鐸(どうたく)を入れて、横に立てた形で並(なら)べて埋(う)められていたと考えられます。その数は39個。一つの遺跡(いせき)で出土(しゅつど)した数では、とびぬけて日本第1位です。埋(う)められた時期ははっきりしませんが、およそ弥生時代中期(やよいじだいちゅうき 紀元前(きげんぜん)1世紀~紀元後(きげんご)1世紀くらい)と考えられています。

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  • 銅鐸が埋められていた様子

    銅鐸が埋められていた様子

  • 勢ぞろいした39個の銅鐸

    勢ぞろいした39個の銅鐸

  • 銅鐸が発見されたときの様子(人が集まっているところが発見地

    銅鐸が発見されたときの様子(人が集まっているところが発見地

現在の様子国道54号線に入口の看板があります。
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