全国こども考古学教室

奈良県ならけん
  • 遺跡数13399か所
  • 面 積3691㎢
ひみこちゃん
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奈良県(ならけん)は本州の真ん中、海のない県として知られています。大阪(おおさか)や京都(きょうと)といった大都市ととなりあっています。その北部は、米づくりなどに適(てき)した大和盆地(やまとぼんち)で、低い山々にかこまれています。現在でも、県内の人口の9割(わり)が盆地(ぼんち)に集中し、「ヤマト」という日本の国名のはじまりの地としても知られています。南部は山が連(つら)なっており、近畿(きんき)地方で一番高い八経ヶ岳(はっきょうがたけ/1915m)や、日本一雨の多い大台ケ原(おおだいがはら)があり、林業(りんぎょう)が盛(さか)んです。
遺跡(いせき)の特徴としては、旧石器(きゅうせっき)・縄文時代(じょうもんじだい)の遺跡(いせき)は山間部(さんかんぶ)に多く、弥生時代(やよいじだい)・古墳時代(こふんじだい)の遺跡(いせき)は盆地(ぼんち)に集中しています。
また奈良県(ならけん)は、飛鳥時代(あすかじだい)から奈良時代(ならじだい)にかけて、日本の都(みやこ)が置かれ、由緒あるお寺や神社とともに、日本の国の中心地として栄えました。

うちのお宝 ベスト5

  • 石器(せっき)をつくるためのサヌカイト

    石器(せっき)をつくるためのサヌカイト二上山北麓遺跡群(にじょうさんほくろくいせきぐん)

    旧石器時代(きゅうせっきじだい)を代表する石器(せっき)といえば、ナイフ形石器です。これは、瀬戸内技法(せとうちぎほう)とよばれる作り方で作られています。関西(かんさい)では、二上山(にじょうざん)の北のしゃ面でとれるサヌカイトとよばれる石材(せきざい)が多く使われました。石を割(わ)るとガラスのように薄(うす)く鋭(するど)い刃物(はもの)のようなカケラがとれるので、当時は、石器(せっき)の石材(せきざい)として重要(じゅうよう)でした。

  • 縄文時代のノコギリクワガタ

    縄文時代のノコギリクワガタ秋津・中西遺跡(あきつ・なかにしいせき)

    縄文時代(じょうもんじだい)の終わりごろ、川ベリにたっていた、アカガシ科の木の根からみつかっています。全長はおおよそ6.4cm。よくみると体毛(たいもう)が残っているので、羽化(うか)してすぐに死んでしまった若い個体(こたい)と考えられています。こんなかたちで縄文時代(じょうもんじだい)のノコギリクワガタがみつかるのは珍しいことです。

  • 木製(もくせい)の仮面(かめん)

    木製(もくせい)の仮面(かめん)纒向遺跡(まきむくいせき)

    遺跡(いせき)の中央にある太田池(おおたいけ)の底でみつかった、古墳時代(こふんじだい)のはじめごろ(3世紀中ごろ)の井戸(いど)のなかに、多くの木製品(もくせいひん)といっしょにすてられていたものです。長さは26cm。眉毛(まゆげ)と目、鼻、口を表現し、手に持って顔につける「仮面(かめん)」と考えられています。アカガシ科の木でつくられた農具(のうぐ)の鍬(くわ)をもう一度加工(かこう)して作られています。お祭りのときに使われたとみてよいでしょう。

  • イスにすわる男性の埴輪(はにわ)

    イスにすわる男性の埴輪(はにわ)石見遺跡(いわみいせき) 国指定重要文化財

    大和盆地(やまとぼんち)の中央にある石見遺跡(いわみいせき)は、古墳時代後期(6世紀前半)の古墳(こふん)と考えられています。そのまわりの溝(みぞ)から、人物をかたどった埴輪(はにわ)がみつかりました。復元(ふくげん)すると、アクセサリーをつけてイスにすわる男性の埴輪(はにわ)だとわかりました。彼は「イワミン」という名前で、奈良県立橿原考古学研究所(ならけんりつかしはらこうこがくけんきゅうじょ)のマスコットキャラクターになっています。

  • 金銅製(こんどうせい)鞍(くら)

    金銅製(こんどうせい)鞍(くら)藤ノ木古墳(ふじのきこふん) 国宝

    藤ノ木古墳(ふじのきこふん)の副葬品(ふくそうひん)のなかでも、とびきり上等な馬具(ばぐ)のひとつ、(くら)です。この(くら)はわが国で作られたものですが、その金具(かなぐ)には龍(りゅう)、獅子(しし)、鳳凰(ほうおう)、鬼神(きしん)など、さまざまな文様(もんよう)が表(あらわ)されています。その文様(もんよう)のなかに、象(ぞう)がいます。当時、日本列島(れっとう)に象(ぞう)はいませんでしたので、これはデザインとして輸入(ゆにゅう)されたものでしょうが、日本最古(さいこ)の象(ぞう)の絵ということになります。

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