全国こども考古学教室

山口県やまぐちけん
  • 遺跡数3056か所
  • 面 積6113㎢
ボニーちゃん
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山口県(やまぐちけん)は、三方(さんぽう)を海にかこまれ、旧石器時代(きゅうせっきじだい)から、北部九州(ほくぶきゅうしゅう)や瀬戸内(せとうち)・山陰(さんいん)の影響(えいきょう)を受けやすい地域(ちいき)でした。とくに、弥生時代(やよいじだい)には、響灘沿岸(ひびきなだえんがん)を中心に、早い段階(だんかい)で米づくりの文化を受け入れ、北部九州をはじめ中国大陸(ちゅうごくたいりく)や朝鮮半島(ちょうせんはんとう)の品々が運ばれて来ています。この時代には、綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)のような大きなムラや、全国でいちばん多い、300体以上の人の骨(ほね)がみつかった土井ヶ浜遺跡(どいがはまいせき)なども残されています。また、弥生時代(やよいじだい)の終わりごろ、県東部を中心に高地性集落(こうちせいしゅうらく)とよばれる戦いにそなえた遺跡(いせき)が多くみつかっており、中国の歴史書(れきししょ)『魏志』倭人伝(ぎしわじんでん)に、このころの日本列島(れっとう)で戦乱(せんらん)が起きていたと書かれていることを示すとされています。県内でみつかっている前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)は30と少なめですが、最大(さいだい)の白鳥古墳(しらとりこふん)は、全長120mで、瀬戸内(せとうち)西部でも最大級(さいだいきゅう)の大きさです。

うちのお宝 ベスト5

  • 弥生(やよい)の土笛(つちぶえ)

    弥生(やよい)の土笛(つちぶえ)綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき) 県指定有形文化財

    弥生時代(やよいじだい)の土笛(つちぶえ)です。高さ7.1cm、最大(さいだい)径6.4cmの卵形(たまごがた)で、片側(かたがわ)に4つ、反対側に2つの小さな穴(あな)があいています。なかは空洞(くうどう)で、上にあいた穴(あな)に息を吹きかけ、6つの小さい穴(あな)を指で押さえて、音を調整(ちょうせい)します。古代(こだい)中国の陶塤(とうけん)という楽器(がっき)がもとになったもので、まつりの時に吹いたと考えられています。山陰(さんいん)地方を中心に、日本海沿岸(えんがん)の遺跡(いせき)からみつかりますが、綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)で最初にみつかりました。

  • 弥生人(やよいじん)の顔

    弥生人(やよいじん)の顔綾羅木郷台地遺跡(あやらぎごうだいちいせき) 県指定有形文化財

    長さ8.4cm、顔の幅(はば)4.5cmで、下の端(はし)は折(お)れています。まつりの時に使ったと考えられ、弥生時代(やよいじだい)人の顔を知ることのできる貴重(きちょう)なものです。ややきびしい表情で、鼻が高く、両ほほにある線は入れ墨(ずみ)をあらわしています。お面をかぶった姿(すがた)かもしれません。綾羅木郷台地遺跡(あやらぎごうだいちいせき)からの出土(しゅつど)です。

  • 有柄細形銅剣(ゆうへいほそがたどうけん)

    有柄細形銅剣(ゆうへいほそがたどうけん)王屋敷遺跡(おうやしきいせき) 国指定重要文化財

    長さ約44cmの弥生時代(やよいじだい)の中ごろの銅剣(どうけん)です。明治時代(めいじじだい)、現在の長門市油谷向津具下(ながとしゆやむかつくしも)で、くずれた山の土の中から偶然(ぐうぜん)みつかりました。同じ形のものは、佐賀県(さがけん)の吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)でしかみつかっていませんので、この銅剣(どうけん)を持っていたのは、かなりの有力者(ゆうりょくしゃ)だと考えられます。最近、発見場所の近くで弥生時代(やよいじだい)のムラがみつかり、この銅剣(どうけん)をもつほどの有力(ゆうりょく)な集団が育っていたことが確認(かくにん)されました。

  • 甕(かめ)に入った中国の銭(ぜに)

    甕(かめ)に入った中国の銭(ぜに)沖ノ山遺跡(おきのやまいせき) 県指定有形文化財

    江戸時代(えどじだい)の中ごろ、現在の宇部市(うべし)小串沖ノ山(こぐしおきのやま)の砂の中から、農民が発見しました。朝鮮半島(ちょうせんはんとう)でつくられた土器(どき)の中に、中国の銅銭(どうせん)である「半両銭(はんりょうせん)」 と「五銖銭(ごしゅせん)」が合わせて100枚以上入っていました。日本の弥生時代(やよいじだい)の中ごろのもので、全国でもほかに例のない貴重(きちょう)なものです。弥生時代(やよいじだい)にはお金を使うことはありませんので、銅鐸(どうたく)などの青銅器(せいどうき)をつくる原料(げんりょう)として輸入(ゆにゅう)したものかもしれません。

  • 弥生時代(やよいじだい)の笑顔 (えがお)

    弥生時代(やよいじだい)の笑顔(えがお)明地遺跡(みょうじいせき) 県指定有形文化財

    分銅形土製品(ふんどうがたどせいひん)とよばれる弥生時代(やよいじだい)のまつりの道具で、笑顔(えがお)には魔(ま)よけの意味があると考えられています。昔のはかりの重(おも)りである「分銅(ふんどう)」に形が似ているので、こうよばれます。まつりに使ったあと、二つに折(お)り、顔を伏(ふ)せるようにして穴(あな)に埋(う)められていました。長さ21.7cm、幅(はば)16.5cmで、瀬戸内(せとうち)地域(ちいき)を中心に多くみつかる分銅形土製品(ふんどうがたどせいひん)の中でも最大(さいだい)です。

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