古墳時代(こふんじだい)の中ごろ、動橋川(いぶりばしがわ)が流れる平野(へいや)につくられた、全長56mの前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)です。加賀(かが)地方ではめずらしい、墳丘(ふんきゅう)に石が葺(ふ)かれ、埴輪(はにわ)が並べられた古墳(こふん)です。後円部(こうえんぶ)の真ん中から箱形の石棺(せっかん)が発見され、鉄(てつ)の武器(ぶき)、銅鏡(どうきょう)・鈴(すず)、ガラスや石の玉、貝のうで輪(わ)、銀(ぎん)の帯にとりつける飾(かざ)り金具など、豊かな副葬品(ふくそうひん)がおさめられていました。銅鏡(どうきょう)は、愛知県(あいちけん)の大須二子山古墳(おおすふたごやまこふん)の出土品(しゅつどひん)と同じ型で作られたものです。帯(おび)にとりつける飾(かざ)り金具は、朝鮮半島(ちょうせんはんとう)とのつながりを示すものです。今の加賀市(かがし)一帯の広さを治めた有力者(ゆうりょくしゃ)の古墳(こふん)と言えるでしょう。
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全景
画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)
銀製帯金具(ぎんせいおびかなぐ)
現在の様子 | 現地は、石棺(せっかん)の一部が覆屋(おおいや)で保護(ほご)された状態で保存されており、見学できます |
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