学んでみよう~考古学(こうこがく)って、なぁに?!~

1考古学(こうこがく)と遺跡(いせき)

考古学(こうこがく)でわかること

 みなさんは、学校で歴史(れきし)の勉強をしますね。では、何百年も何千年も昔のことがどうしてわかるのでしょう? 一つには、誰かが書き残した本や記録(きろく)でわかることがあります。これを「文献史学(ぶんけんしがく)」といいます。
 人類(じんるい)は700万年前に誕生(たんじょう)していますが、文字を使いはじめたのは5300年前からです。文字をもたない時代(じだい)の方がずっと長く、文字が発明された後も文字を使わずに暮(く)らした人々が世界の各地にいました。そんな、文字のない時代(じだい)や地域(ちいき)の歴史(れきし)はどのようにして調べるのでしょう。

 みんなが暮(く)らしている地面の下には、昔の人々が作ったものや使ったものが埋(う)まっています。そういう場所を遺跡(いせき)とよびます。遺跡(いせき)を掘(ほ)って、昔の人々が残したモノから、そのころの暮(く)らしや地域(ちいき)のようすを調べるのが「考古学(こうこがく)」です。人間の歴史(れきし)を調べる学問(がくもん)なので、恐竜(きょうりゅう)の化石(かせき)を掘(ほ)るのは、考古学(こうこがく)ではありません。

 文献史学(ぶんけんしがく)でわかることと、考古学(こうこがく)でわかることは違(ちが)います。なぜなら、本や記録(きろく)には、それを書いた人が「書いておこう」と思った特別(とくべつ)なできごとをはじめ、有力者(ゆうりょくしゃ)や都(みやこ)の話が多く、ふだんの生活や、ふつうの人々、都(みやこ)から遠い地域(ちいき)のことなどは、あまり書かれていません。これに対し、考古学(こうこがく)は、全国どこでも、そこで生きた人々が使った建物(たてもの)の跡(あと)や道具(どうぐ)などをそのまま掘(ほ)りおこし、その人たちの暮(く)らしを復元(ふくげん)できます。

 だから、どんな時代(じだい)にも、歴史(れきし)を調べるには、考古学(こうこがく)と文献史学(ぶんけんしがく)の両方が必要なのです。

遺跡(いせき)をみつける

 遺跡(いせき)には、人々が暮(く)らしたムラ、墓(はか)や祭りをした場所、鉄(てつ)や土器(どき)など、道具(どうぐ)をつくる工房(こうぼう)などがあります。そこを掘(ほ)って調べることを、発掘調査(はっくつちょうさ)といいます。
 地面を掘(ほ)らなくても、わかることもあります。たとえば、古墳(こふん)や貝塚(かいづか)、山城(やまじろ)のように、土を盛(も)り上げてつくったものは、山の形が不自然だったりします。平野(へいや)のなかに不自然に盛(も)り上がった場所があると、「遺跡(いせき)」かもしれないのです。

 また、地下に遺跡(いせき)がある場所(ばしょ)では、人が農作業などで土を掘(ほ)ったり、雨や風で土が流されたりして、土器(どき)や石器(せっき)、埴輪(はにわ)のカケラがみつかることがあります。だから、野山を歩きまわって、不自然な地形がないか、地面に土器(どき)や石器(せっき)が落ちていないか、キョロキョロしながら遺跡(いせき)を探(さが)すことも、考古学(こうこがく)の大事な仕事なのです。

遺跡(いせき)は全国46万か所

 全国の都道府県(とどうふけん)の教育委員会(きょういくいいんかい)には、遺跡(いせき)を調べたり保護(ほご)したりする係があります。考古学(こうこがく)を学んだ人たちが、県内のどんなところにどんな遺跡(いせき)があるかを調べて、遺跡(いせき)地図をつくっています。
 いま、全国でわかっている遺跡(いせき)の数は、コンビニエンスストアや神社よりもはるかに多く、約46万か所あります。
 みなさんの都道府県(とどうふけん)には、どれくらいの遺跡(いせき)があるのかな?このホームページの「行ってみよう」のページで、たしかめてくださいね。

2発掘調査(はっくつちょうさ)のこと

遺跡(いせき)は、なぜ埋(う)まっているの?

 地面の下には、遺跡(いせき)が埋(う)まっています。場所によって、その深さはいろいろです。30 cm掘(ほ)るだけで2000年前の地面がでてくることもあれば、京都の平安京(へいあんきょう)のように、地下3mの深いところに地面があることもあります。
 埋(う)まり方には違(ちが)いがありますが、どこの場所でも、深く掘(ほ)れば掘(ほ)るほど、古い時代(じだい)の遺跡(いせき)がみつかります。では、どうして遺跡(いせき)は地下に埋(う)まっているのでしょうか。

≪自然に埋(う)まる≫

3つの原因が考えられます。

  • 1落ち葉や枯(か)れ木が腐(くさ)って土になる
    1年で0.5mm積(つ)もれば、2000年で1m!
  • 2雨や風で、山の上の土が低いところに運ばれていく
  • 3洪水(こうずい)や火山の噴火(ふんか)によって、土砂(どしゃ)や火山灰(かざんばい)が積(つ)もって埋 (う)まる

≪人間が埋(う)める≫

新しく建物(たてもの)を建(た)てる時、土を運びこんで積(つ)み重ね、地面をしっかりさせることがあります。とくに、火事や洪水(こうずい)にあった後は、上に土を積(つ)んできれいにしないと、暮(く)らせません。また、地面が低くてジメジメした土地に土を積(つ)んで、建物(たてもの)を建(た)てたりします。そのように、人間が土を積(つ)んで、昔の地面を埋(う)めることがあります。

遺跡(いせき)を発掘(はっくつ)する理由(りゆう)

 埋(う)もれた遺跡(いせき)を発掘(はっくつ)して、そこで生きた人々の暮(く)らしを研究するのが考古学(こうこがく)です。
 遺跡(いせき)の発掘調査(はっくつちょうさ)には、2種類あります。1つは、歴史(れきし)の研究(けんきゅう)のためのもので、毎年300か所ほどおこなわれています。

 もう1つは、工場や道路をつくるために、そこにある遺跡(いせき)が壊(こわ)される前に発掘調査(はっくつちょうさ)をおこない、遺跡(いせき)の記録(きろく)を残すためのものです。こうした発掘調査(はっくつちょうさ)は、おもに都道府県(とどうふけん)や市町村(しちょうそん)の役所(やくしょ)が中心となり、毎年8000か所以上おこなわれています。
 工事のための調査(ちょうさ)も、地域(ちいき)の歴史(れきし)を知るのに役立(やくだ)っています。

発掘調査(はっくつちょうさ)って、どんなことをしているの?

発掘現場(はっくつげんば)で

  • 1現代の土をとりのぞきます。
  • 2地面には、昔に掘(ほ)られた穴(あな)の跡(あと)が残っています。穴(あな)のなかには、まわりと違(ちが)う土が入っているので、ここに穴(あな)があるということがわかります。そういう穴(あな)は、ほとんどが建物(たてもの)の柱をたてた穴(あな)や、墓(はか)の跡(あと)です。
  • 3穴(あな)のなかに、どんな土がどんなふうにたまったのかも、観察(かんさつ)して記録(きろく)に残します。穴(あな)のなかの土のたまり方によって、その穴(あな)が洪水(こうずい)などで一気(いっき)に埋(う)まったのか、長い年月をかけて少しずつ埋(う)まったのかがわかります。
  • 4発掘(はっくつ)して昔のものが出てきたら、どこで、どんなふうに出てきたかがわかるように、図面や写真をとって、丁寧(ていねい)にとりあげます。

整理作業室(せいりさぎょうしつ)で

5出土(しゅつど)したものは、きれいに洗い、壊(こわ)れたものは元の形に復元(ふくげん)します。ほとんどの遺跡(いせき)で、いちばんたくさん出土(しゅつど)するのは、土器(どき)です。土器(どき)のカケラをジグソーパズルのようにくっつけて、足りないところに石膏(せっこう)をいれて、元の土器(どき)の形に仕上げていきます。

6土器(どき)や石器(せっき)など、出土(しゅつど)したものを復元(ふくげん)した後は、図面(ずめん)をかいて、写真をとります。図面(ずめん)には、それが、どんなふうに作られたか、どんな特徴(とくちょう)をもっているかがわかるように、いろいろな情報(じょうほう)を書きこみます。

7遺跡(いせき)を調査(ちょうさ)してわかったことは、最終的に、すべて報告書(ほうこくしょ)にまとめます。発掘調査(はっくつちょうさ)の報告書(ほうこくしょ)は、各地(かくち)の図書館(としょかん)や博物館(はくぶつかん)、埋蔵文化財(まいぞうぶんかざい)センターなどで見ることができます。

3遺跡(いせき)が教えてくれること

発掘(はっくつ)してわかる、生活のようす

 遺跡(いせき)は、昔の人々の生活(せいかつ)や活動(かつどう)の跡(あと)なので、発掘(はっくつ)すると、いま私たちが作ったり使ったりしているものにもつながる、いろいろなものがみつかります。また、ムラを発掘(はっくつ)すると、住居(じゅうきょ)や倉庫(そうこ)など、建物(たてもの)の跡(あと)や祭りの場所などがみつかります。さまざまな生活の道具が出土(しゅつど)することで、そのころの人々の暮(く)らしがわかります。

  • ◆建物(たてもの)の跡(あと)を調べてみると…

    柱の穴(あな)の大きさから、どんな建物(たてもの)が、どんなふうに建(た)てられたのかがわかります。

  • ◆道具を調べてみると…

    道具から、その作り方がわかるほか、何のために使われたものかがわかる場合もあります。そのようにして、人類(じんるい)の技術(ぎじゅつ)の進歩(しんぽ)のようすをたどることができます。

  • ◆墓(はか)を調べてみると…

    埋葬(まいそう)のしかたやお供(そな)え物から、死者への思いや考え方が伝わってきます。
    また、人骨(じんこつ)からは、身長や顔つき、寿命(じゅみょう)のほか、どんなものを食べていたのか、ケガや病気をしていないか、などがわかります。

  • ◆土を調べてみると…

    遺跡(いせき)の土にまざっている花粉(かふん)、植物の種(たね)や実から、まわりにどんな植物が生えていたかがわかります。その植物のようすから、そのころの気候(きこう)や地形なども、だいたいわかります。

いろいろな専門家(せんもんか)といっしょに

 遺跡(いせき)でみつかったものを調べるためには、考古学(こうこがく)の知識(ちしき)だけではなく、建築(けんちく)、地質(ちしつ)、金属(きんぞく)、植物(しょくぶつ)、動物(どうぶつ)、昆虫(こんちゅう)、医学(いがく)…など、さまざまな専門家(せんもんか)に教えてもらうことが必要(ひつよう)です。また、土器(どき)や木器(もっき)、鉄器(てっき)や青銅器(せいどうき)の作り方、布(ぬの)の織(お)り方、カゴの作り方などの技術(ぎじゅつ)については、それぞれの職人(しょくにん)さんに教えてもらうことがたくさんあります。
 そうしたことから、考古学(こうこがく)は、あらゆる分野(ぶんや)に関(かか)わっている学問(がくもん)だといえます。

地域(ちいき)と個性(こせい)

 遺跡(いせき)で出土(しゅつど)した土器(どき)やさまざまな道具(どうぐ)は、地域(ちいき)によって形や作り方に特徴(とくちょう)があります。そうしたことから、いまは別の県(けん)であっても、大昔には同じような土器(どき)を使う、ひとつのまとまった地域(ちいき)だった、というようなことがわかります。また、モノの特徴(とくちょう)が、人々の動きを教えてくれます。たとえば、弥生時代(やよいじだい)の九州(きゅうしゅう)の漁具(ぎょぐ)が鳥取県(とっとりけん)の遺跡(いせき)でみつかると、九州の弥生人(やよいじん)が鳥取県(とっとりけん)に来たかもしれない、ということがわかります。墓(はか)やムラの作り方にも、地域(ちいき)によって特徴(とくちょう)があるので、おもしろいです。

災害(さいがい)と考古学(こうこがく)

 遺跡(いせき)を発掘(はっくつ)すると、地震(じしん)や津波(つなみ)の跡(あと)、火山の噴火(ふんか)で積(つ)もった火山灰(かざんばい)、洪水(こうずい)で運ばれてきた土砂(どしゃ)などがみつかることがあります。本などに記録(きろく)のない、大昔の災害(さいがい)のようすがわかるので、とても長い期間(きかん)の災害(さいがい)の歴史(れきし)を知ることができます。
 また、遺跡(いせき)に残った被害(ひがい)のようすも目で見てたしかめることができます。考古学(こうこがく)は、災害(さいがい)の研究(けんきゅう)にも役立(やくだ)っています。

4遺跡(いせき)は人類(じんるい)の宝物

遺跡(いせき)を残して、未来へつなぐ

 どのような遺跡(いせき)でも、歴史(れきし)のしるしであり、私たちの祖先(そせん)が残した大切な宝(たから)です。でも、日本は外国とくらべてたくさんの遺跡(いせき)があるため、みつかった遺跡(いせき)をすべて残していては、建物(たてもの)を建(た)てたり道路をつけたりすることができません。だから、多くの場合、発掘調査(はっくつちょうさ)をして、遺跡(いせき)は記録(きろく)として残し、工事をおこないます。

 しかし、発掘調査(はっくつちょうさ)をしてみたら、思っていた以上に重要(じゅうよう)な遺跡(いせき)だとわかり、工事の計画(けいかく)を変えて、遺跡(いせき)が残されることもあります。また、多くの市民や学者(がくしゃ)が「残してほしい」と要望(ようぼう)したことで、役所(やくしょ)が判断(はんだん)を変えて、守られた遺跡(いせき)もあります。いずれにしても、残された遺跡(いせき)はわずかしかなく、貴重(きちょう)な宝です。みなさんの町の遺跡(いせき)も、大切にしてくださいね。

遺跡公園(いせきこうえん)として残された例(れい)

  • 青森県(あおもりけん)三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)野球場の予定地だった
  • 佐賀県(さがけん)吉野ケ里遺跡(よしのがりいせき)工業団地の予定地だった
  • 鳥取県(とっとりけん)妻木晩田遺跡(むきばんだいせき)ゴルフ場の予定地だった

遺跡(いせき)はタイムマシン

 遺跡(いせき)は、大昔にワープできるタイムマシンのような場所です。遺跡(いせき)をたずねてその場所に立ってみると、大昔の人々がどのように暮(く)らしていたのか、想像(そうぞう)がふくらみます。十分な道具(どうぐ)や機械(きかい)がなくても、人々はいろいろな工夫(くふう)をして上手にモノを作ったり、簡単(かんたん)な船をこいで海を渡(わた)ったりしていました。
 そんな生き方をみていると、「すごいなぁ~」と思うことがたくさんあります。

 いまの私たちは、水道も電気もガスも、スイッチひとつで使えるし、お店に行けば何でも売っています。そうした便利(べんり)で恵(めぐ)まれた生活も、そのスタートは、石器(せっき)を使って狩りをしていた時代から、長い長い年月をかけてつくられたものです。遠い古代(こだい)の人たちの知恵(ちえ)と工夫(くふう)と勇気(ゆうき)が、次の時代、またその次の時代へとうけつがれ、いまの私たちをつくりました。そして、いまの私たちの生き方が、また次の時代をつくり、未来へとつながっていくのです。
 遺跡(いせき)は、そういうことを思い出させてくれる場所です。遺跡(いせき)に立って、古代人(こだいじん)の生き方に学び、今の私たちの生活はこれでいいのかなと考えてみることが、より豊かな未来をつくることにつながります。そういう場所は、誰にとっても大事だし、みんなの「宝」といえるでしょう。
 だから時々、遺跡(いせき)を訪れて、大昔にタイムトリップしてみてください。古代(こだい)から、どんな「今」がみえるかな?そして、どんな「未来」がみえるかな?

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