山の中にある縄文時代草創期(じょうもんじだいそうそうき、今から約14,000年前)の洞窟遺跡(どうくついせき)です。洞窟(どうくつ)は、天井(てんじょう)が大きくくずれ落ちていて、入口で幅(はば)1.5m、奥行(おくゆき)7mほどと、とてもせまいです。1958・59年におこなわれた発掘調査(はっくつちょうさ)では、わずか60㎡から13,000点をこえるたくさんのものが出土(しゅつど)しました。ここで出土(しゅつど)した土器(どき)は、縄文土器(じょもんどき)のなかでもっとも古い特徴をもっており、縄文時代(じょうもんじだい)の始まりの草創期(そうそうき)を設定(せってい)する上で、重要な役目をはたしました。
槍先(やりさき)・矢じり・斧(おの)などの石器(せっき)は、旧石器時代(きゅうせっきじだい)から縄文時代(じょうもんじだい)へ変わっていく特徴(とくちょう)をよく示しています。石器(せっき)の一部は、ロシア沿海州(えんかいしゅう)の石器(せっき)とよく似ています。また、北海道や長野県でとれる黒曜石(こくようせき)が出土(しゅつど)しており、広いつながりがあったことがわかります。
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空から見た洞窟のようす
石器の槍先(やりさき)
近景