津軽海峡(つがるかいきょう)を見わたす、海岸の台地に広がる縄文時代早期(じょうもんじだいそうき)の大きなムラ。すぐ近くにある同じころの中野A遺跡(なかのAいせき)を合わせると、12万㎡をこえる広さがあります。
700軒(けん)以上の住居(たて穴建物)の多くは、長い期間にわたって同じ場所にくり返し建てられていました。出土(しゅつど)した土器(どき)は、二枚貝の貝がらで幾何学(きかがく)的なもようを付け、底がとんがった土器(どき)が特徴的(とくちょうてき)です。土器(どき)をふくめて60万点もの出土品(しゅつどひん)がありました。へん平な河原石(かわらいし)を打ちわって作った、魚をとる網(あみ)につけるおもりが2万点以上も発見されていることから、漁(りょう)を中心に、およそ500年間続いたムラと考えられます。
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住吉町式土器期の竪穴住居跡群
貝殻文尖底土器
貝殻文尖底土器期の石器
現在の様子 | 現在は、函館空港(はこだてくうこう)の滑走路(かっそうろ)などになっているため、見学できません |
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