丘(おか)の上にいとなまれた縄文時代(じょうもんじだい)のムラです。住居(たて穴建物)の跡(あと)が4軒(けん)見つかっており、その一つから土偶(どぐう)が出土(しゅつど)しました。いっしょに出土(しゅつど)した土器(どき)は、縄文時代(じょうもんじだい)のなかでも、もっとも古い草創期(そうそうき)のもので、土偶(どぐう)もこの時期のものです。現在、草創期(そうそうき)の土偶(どぐう)は、粥見井尻遺跡(かゆみいじりいせき)の他に滋賀県(しがけん)に1例があるだけで、日本最古(にほんさいこ)の土偶(どぐう)といえるでしょう。土偶(どぐう)には、脚(あし)は表現されていませんが、大きな乳(ちち、おっぱい)が表現されており、女性を表現したとみられます。土偶(どぐう)が縄文文化(じょうもんぶんか)の最初の草創期(そうそうき)から存在(そんざい)し、しかも最初から女性を表していたことを示す重要な資料(しりょう)といえるでしょう。
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