大阪府

瓜生堂遺跡

うりゅうどういせき

所在地大阪府東大阪市瓜生堂外部リンクGooglemap

主な時代弥生時代

河内(かわち)平野の中央にある弥生時代(やよいじだい)の遺跡(いせき)です。遺跡(いせき)は、現在の地面からは数mも下に埋(う)もれています。弥生時代(やよいじだい)には、人々が暮(く)らしていたムラのエリア、墓(はか)が集まってつくられているエリア、また、米づくりをしていた田んぼのエリアがありました。ムラでは、住居(たて穴建物)や倉庫(そうこ/ほったて柱建物)の跡(あと)がみつかり、多くの人びとが住んでいたことがわかります。墓(はか)の中には、四角い盛(も)り土をもつ大きなものがあり、一つの墓(はか)に多くの人が葬(ほうむ)られていることもわかりました。もしかすると、家族の墓(はか)だったのかもしれません。また、たくさんの土器(どき)や石器(せっき)をはじめ、銅鐸形土製品(どうたくがたどせいひん)や銅戈(どうか)といった珍しい出土品(しゅつどひん)もありました。

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  •   上空から見た遺跡(いせき)

      上空から見た遺跡(いせき)

  • 中国の銭(ぜに)が出土した

    中国の銭(ぜに)が出土した

  • 「銅戈(どうか)」という武器(上)

    「銅戈(どうか)」という武器(上)

現在の様子現在は、鉄道や道路の建設で壊(こわ)されたため、見学できません
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