大阪府

百舌鳥古墳群

もずこふんぐん

所在地大阪府堺市堺区大仙町ほか外部リンクGooglemap

主な時代古墳時代

大阪湾(おおさかわん)が見える海ぞいの丘の上に広がる、大小約100基(き)の古墳(こふん)からなる古墳群(こふんぐん)です。5世紀を中心に、日本列島でもっとも大きな古墳(こふん)がつくられた古墳群(こふんぐん)です。すでにこわれた古墳(こふん)も多く、現在47基(き)の古墳(こふん)が残っています。なかでも、大山古墳(だいせんこふん/仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)ともよばれる)は、もっとも大きな前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)で、墳丘(ふんきゅう)の長さは486mもあり、まわりには三重(さんじゅう)の(ほり)があります。大山古墳(だいせんこふん)の南にある上石津ミサンザイ古墳(かみいしづみさんざいこふん、履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん)は長さ365mで、全国第3位の大きさです。ほかにも小さな前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)や円墳(えんぷん)、方墳(ほうふん)など、さまざまな大きさや形の古墳(こふん)が見られます。古墳(こふん)の形や大きさが、ほうむられた人の家柄(いえがら)や権力を表しているとすると、百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)には、ヤマト政権の大王だけではなく、有力な豪族や彼らを支える人たちもいっしょに古墳群(こふんぐん)をつくっていると考えられます。

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  • 大仙古墳(だいせんこふん)※仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)

    大仙古墳(だいせんこふん)※仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)

  • 履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん)

    履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん)

  • 銭塚古墳(ぜにづかこふん)

    銭塚古墳(ぜにづかこふん)

現在の様子現在、銭塚古墳(ぜにづかこふん)は、大阪府立堺支援学校(おおさかふりつさかいしえんがっこう)の敷地内(しきちない)にあるため、見学できません
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