和歌山県

椒古墳

はじかみこふん

所在地和歌山県有田市初島町湊978外部リンクGooglemap

主な時代弥生時代~古墳時代

有田川(ありたがわ)の河口(かこう)の右岸、現在の海岸線から約700m離(はな)れた砂丘に位置しています。いま残っている墳丘(ふんきゅう)は、東西18m、南北19mの大きさです。1908(明治41)年に、この土地の地主(じぬし)が農作業をしている時にこの古墳(こふん)を発見し、出土品(しゅつどひん)を集めました。その時の記録(きろく)や、昭和(しょうわ)時代におこなわれた調査(ちょうさ)によると、帆立貝形古墳(ほたてがいがたこふん)であったと考えられています。埋葬施設(まいそうしせつ)は横穴式石室(よこあなしきせきしつ)で、壁(かべ)は赤くぬられていました。石室(せきしつ)のなかに、箱式石棺(はこしきせっかん)がおかれていました。石棺(せっかん)の中には、石枕(いしまくら)、銅鏡(どうきょう)、碧玉(へきぎょく)製ののくだ玉、鉄(てつ)の刀剣(とうけん)がありました。石室(せきしつ)からは、よろい・かぶと土師器(はじき)、鉄の矢じり、鉄(てつ)の鉾(ほこ)、金銅製(こんどうせい)のかざり金具(かなぐ)など、豊富(ほうふ)な副葬品(ふくそうひん)がありました。なかには大陸的な品物がふくまれていました。出土品(しゅつどひん)は、1909(明治42)年に東京国立博物館(こくりつはくぶつかん)におさめられました。

青文字の用語の解説は、用語集ページ

現在の様子未公開です。
戻る
error: コンテンツは保護されています
ページトップへ戻る