浦底遺跡(うらそこいせき)は、宮古島市(みやこじまし)城辺(ぐすくべ)の浦底漁港の南東に広がる砂丘につくられた遺跡(いせき)です。発掘調査(はっくつちょうさ)により、シャコガイでつくった斧(おの)、貝斧(かいふ)が200本以上発見されました。また、それを作ろうとしたとちゅうの未完成品も多くみつかっています。貝斧(かいふ)が出土する遺跡(いせき)は、日本国内では沖縄県(おきなわけん)の宮古(みやこ)・八重山諸島(やえやましょとう)だけです。外国では、フィリピンや南洋諸島(なんようしょとう)でみつかっていますが、これだけ多くの貝斧(かいふ)の出土(しゅつど)は、世界的にみてもほかにありません。この貝斧(かいふ)のほかにも、スイジガイ、ホラガイ、イモガイなどの貝でつくった貝製品、サメの歯・イノシシなどの骨(ほね)でつくった牙(きば)・骨製品(ほねせいひん)も数多く出土(しゅつど)しています。土器(どき)はみつかっていませんが、焼けた石を円形に集めた集石遺構(しゅうせきいこう)が8か所みつかっていることから、食材を植物の葉でくるみ、焼いた石を入れてむし焼きにする料理をおこなっていた可能性があります。年代を調べた結果、弥生(やよい)~平安並行時代(へいあんへいこうじだい)の遺跡(いせき)とされました。
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遠景
貝斧(かいおの)
集積遺構のようす
現在の様子 | 現在は、道路建設でけずりとられたため、見学できません |
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